ぶりこらーじゅ

思いついたことを組み合わせて

女尊男卑

※女性の方は気分を損なう恐れがあるのでご注意ください。

 

昨今の事情を垣間見ると、フェミニストが既に確固たる地位を手にしつつあることは周知のとおりかと思います。男尊女卑という膾炙しつくした言葉がすでに過去のものになっていることもまた周知のとおりで、すでにこのテーマについては語るべくもない気がします。

 

語るべくもない、と言いたくなるくらい若い女性というのは優遇されている気がします。僕も若い女の子になりたい。今の時代一番割を食ってるのは、年功序列の恩恵も受けられない、収入も低い、若い男性ではないか。そうです、私が自己愛に満ち溢れた若者です。

 

若い女はいい。多少の疵があっても「かわいげ」としておっさんたちが楽しんでチヤホヤしてくれる、ミスがあっても咎められない、丁寧に物事を教えてもらえる、などなど。

 

まあ私が今日何をしていたかというと、職場の飲み会の幹事をしていましたが、私の同年代のメスが非常に管理職たちからチヤホヤされて、私はといえばそれはもうゴキブリのような扱いでございました。

若いメスはいいです、就職を斡旋してもらえて、仕事も怒られなくて、なにしても頑張ってる、しっかりしてると言ってもらえて。私は死ぬ思いで就職をし、毎日業者と管理職になじられ、能力不足を責められる。若い男なんてのは死ぬべきために生きている。

 

自分がオッサンになったら絶対若い男を大事にしてやりたい。絶対容姿だけでなんとなかなってきてしまった能力のない若い女を絶望させたい。

 

 

弱者

 

僕には「できないと言う自由」というか、明らかに自分(若造)ができる範囲を超えた仕事を投げ捨てる自由があると思うんですよね。甘えかもしれませんが、誰かが甘えようとしてる結果自分がボロボロになってるんだから、別にいいと思うんです

社会人(社会人ってなんだよとまた悪態をつきたくなる)になってわかったのは、大人(大人ってなんだよ)はずるいということです。自分の怠惰、ミスをさも自分が悪くないかのように他人に転嫁します。より弱い人のせいにしますし、悪いことの理由を他者に求めます。その他者というのは、ひとつ前の記事の続きになりますが、やはり本能的に、動物的に自分より「弱い」と認識した相手になります。自分より強い人に自分のミスを背負わせることはしませんよね。ずるいね。

こういうことを人に相談すると、きれいな言葉が返ってくるのでまた頭が痛くなります。きれいな言葉というのは、物事が良い方向に循環していくものだという宗教に入っている人がぶつけてくる感じのやつです。

 

物事が良い方向に循環していくものだという宗教に入っている人、という響きが気に入ったのでもう少し続けます。たぶん思春期にいい経験をしたのだと思います。「やればできる」というようなことを実感できる、そんな環境があったのだと思います。自分も受験でそこそこ思い通りのところに入学しといて何を言ってんだという気がしますが、しょせん受験は自分と自分の頭がもたらす数字をどうこうするだけの営みなので、正直やれば誰でもできる類のものです。

良い方向循環脳の人たちは、「人に褒められる」ような体験の数が半端じゃなかったんだと思います。クラスメイトに疎外されたこともなければ、顧問に裏切られたこともないような気がします。偏見です。

自分の思春期を思い返すとそこまで絶望的な営みをしていたわけではないと思うんですが、何がここまで自分を卑屈に悲観的にさせているのか、就活を終えて社会人(社会人ってなんだよ)2年目を迎えた今でもわかりません。いい加減幸せな時に幸せだって胸を張れるようにしないと、自分に家族ができたときに、それまでをも破綻させてしまうような気がしてしまいます。

摩耗

一か月ぶりの更新か。多忙な時期でした。

 

先々週?仕事中ですが、生まれて初めて人に大声で怒鳴りつけるということをしました。僕が癇癪持ちっぽいところがあることは近しい方であればご存じかとは思いますが、声を張り上げるところを見たところはいないと思います。僕も僕が声を張り上げるところを初めて確認しました。そんな日が数日続いたところ、なぜか涙が止まらなくなり、そのあとに絶大な虚無感に襲われるといった次第でした。

吹けば飛ぶようなやる気をなんとか保ちながらなんとか仕事を続けていますが、完全にガス欠な感じがします。何がそんなに自分を絶望せしめてるのか詳しいことはここでは言えないんですが、本当にどうしたらいいかわからない。布団にいる時間が長くなりました。電車に乗ると胃が軋むし、声を張り上げた相手とはあと1年ぐらいやりあっていかなければならいのですが、アポもなしに突然現れる相手なので毎日変な汗をかきながらデスクに向かっています。

ここまでの文章を読み直して「あ、相当言語中枢がおかしくなっているな」という感じを自分で抱きました。いい傾向です。

自分の仕事はよく言えば人と人との間の「調整」ということに尽きるんですが、「調整」というのは同じステージに立った人同士がいて初めて成り立つものだと思うんですね。同じ規格の歯車、一つのメカを動かすための歯車、それらの位置を見てやったり注油したりってのはわかるんですが、実際はそうでない。日本語が通じない人達や目的が明後日を向いてる人たちの落としどころを見つけるのは不可能でしょう。小池百合子への批判を見ればなんとなくわかるかと思います。私も遠からずあんな感じです。

日本語の通じない人たちとの調整に何が必要かというと、同じ土俵まで知性を下げることが求められる気がします。言語に支えられた知性は意味をなくし、「なんとなく強そう」「なんとなく怖そう」「なんとなくこいつの言うことは聞きたい」というなんとなくの動物的な世界が展開されます。

そうすると我々がお役人になるために必死で鍛えてきた能力というのは、ほぼ意味を為さなくなります。筋肉、威勢、もしくは年功序列に支えられた無意味な意地やプライドが戦闘力として勘定されることになります。ひょろひょろの若造にできることは何もありません。私はかろうじて小学生時代から鍛えてきた二の腕と親から授かった低音があるので何とかなる気がしなくもないですが、しょせん若造です。私の一存では何も決められないので、動物的な人々に食い殺されておしまいです。

そんな仕事を延々と続けていたので、何かが壊れてしまった感じが先週くらいから続いています。打開策がほしい。

 

 

陰影

夏。目に映るものの陰影が濃くなる。



色々な人から素直になったね、と言われる。



素直になったのか、取り繕う余裕がなくなったのかどっちだろうか。まあ職業倫理からしてあんまり穿ったことしちゃダメだしな。


今まではオーバースロー150キロストレート投げるようなやつを見るとじゃあ俺はアンダースローカーブで、みたいなことを考える癖がついてたけど、最近は真っ当にやるしかなくなっている。真っ当なやり方しか情報として入ってこないというか。


圧倒的な才能実力を目の前にして逃げ回ってなんとか工夫して生き残ってた時の自分と、情報を鵜呑みにしてバカみたいにやってる自分、どちらが良いのでしょうか



出世とか昇進とかよりこういうこと考えるからダメなんだなあ

長閑

あまりも穏やか。したくないことをしない。しなくちゃいけないことをやる。趣味に義務感を抱かない。仕事は頑張る。人間のできた彼女。そこそこ健康な体。快適な通勤経路。


目の覚めるような感情というものはどこかに消えた。血反吐を撒き散らす経験、自分はこのために生きてきたのだと思えるような達成感、大恋愛、ひどい失恋。


どちらが幸せでしょう。

少なくとも後者は公僕にも良きパートナーにもなれませんな。


春を行き来する

年度末年度始め、またタイムスリップしてしまった。何日ぶりか。


桜の咲くところと、まだ蕾のままのところと、雨の降る街と、青空の見える街と、吐く息に白んでしまう地域と、春の匂いを感じる地域とを行き来しているうちに、自分の所在がよくわからなくなっていた。要するに風邪を引いたりした。年度始めなので風邪でも休む余裕もなく、残業もけっこうした。人間はそう簡単にはくたばらない。

道家の中には人間の体は壊れないものだと勘違いしてる人もいるらしい。あまり私には近づかないでほしい。


仕事。2年目でほぼ同じ仕事なので調子をこいている。来年やるであろう分掌が概ね予想できるので、今先輩が何をやっているのか把握しておきたいが、先輩は週8日働いてるんじゃないかというくらいフル稼働してるので、のんびり事務手続きのことを聞いてる余裕もない。同期に聞こう。


真面目な話になってしまった。


最近渇望が足りない。学校の部活でよくありがちな「全国出場!!」とか、クラスの好きな女の子にどうアタックしようか、みたいなあの飢えが足りない。日々の生活に満ち足りているということでしょうか。現状目標は特にない。あー、職場の全職員の事務机の更新作業をスムーズに済ませることが目標かなあ。なんと志の低いローカルな課題であるか。都政を支える、グローバルに活躍する。ノンノン、現実はクルクル時計を回してるたけなんだね。




パラダイム

偏差値が違うと会話が成り立たないっていうアレあるじゃないですか。アレをひしひしと感じています。細かくは言えませんが、思考体系、言葉の感覚や定義、そういうところの差異に耐えきれなくなる体験。偏差値の話なのかな?よくわからない。異文化と言った方が適切な気がする。文脈、前提の欠如。コミュニケーションの不可能性。


最近できなくなってきたこととできるようになったことがある。できなくなったことがあると言うことができるようになった。そんな感じ。