ぶりこらーじゅ

思いついたことを組み合わせて

名前

名前というものについて考える。

名前というものがもたらす呪術的要素、単なる記号(その記号自体が非常に大きな要素ですが)以上の意味合いを、人文系に精通した諸兄はご理解いただけることと思います。詳しい学説の引用は仕事で疲れたので割愛します。

まあ人文系に限らずとも、名前を明かすことで真の力を発揮するエロゲもといファンタジーなんかの存在は一世を風靡しているところですか。名前を忘れられると存在がなかったことになるファンタジーの構造もよく見ますね。

 卑近な例だと、名前の呼び方で大体そのひと同士の関係性を察することができたりします。

 

ところで今日、今日に限った話ではないですが、上司の頭が大変な有様だったのか、あらゆる人を呼ぶとき「御畑さん」と呼ぶようになってしまいました。

これは大変に失礼なことであり、個人の尊厳を奪いうる侮辱であると私は理解しますが、皆様いかがでしょうか。

とにかく怒りが収まらない。酒飲んで寝ます。

強制

人生を強制してくる人が多い。教育現場も道場も生き方を決め付けてくる場所である。

何が良いか悪いかを他人に押し付けてくる人が多い。何が害で何が益かを決め付けてくる人が多い。

育って来た課程も、資産も、嗜好も歪みも何もかも違う他人を、自身と同じフィールドの人間として、自身の善悪を押し付けてくる人が多い。

 

自由になりたい。

ただ目の前にあることを大事にしたい

パラダイム

圧倒的な転換が欲しい、現状を全てひっくり返してくれるような救世主のような存在。死神でもいい。囲碁界における人工知能のような。構造、もしくはルールを全て壊し、再構築する圧倒的な存在。

 

磨り減っている。なぜ磨り減っているのかはわからない。何がだめなのかわからない。自分の何がだめなのか、それとも職場がだめなのか。わからないから力点のつけ方がわからない。

 

負け戦。負け戦である。最初から間に合いもしない、達成不可能なプランを任されている。達成不可能を達成可能にするためには上司が意地を捨てなければならないが、そんなことはしてくれない。負け戦が続いていく。

 

全てが負け戦に思えてくる。全てが敗戦処理である。本来希望的な、積み上げていかなければならない必要不可欠なことですら、敗戦処理なのだと思えてしまう。何もしたくない。

武のこと

なぜ自分が剣を続けているかということを考えている。必要のないこともある。

会話の可能性

ソフトバンク契約名義変更のため親父と外出する。手続きの間、親父にはペッパーさんとの会話を楽しんでもらっている。

 

ペッパーさんとの会話は基本的にターン制RPGのようにこちらが1アクション起こすとペッパーさんも1アクション起こす具合である。

コミュニケーションの不可能感が滲み出てきがちな会話においてはずっと俺のターン!が続いたりすることがある(わたしは仕事で緊張するとやりがちであり、死にたい)が、その意味でペッパーさんとのやり取りはコミュニケーションの可能性を実現するものである。気がする。

 

わたしの人生はあなたの人生ではないし、あなたの人生のためのものでもない。

あなたが色々なものを捨てて夢中になれるものは、誰もが楽しめるものではない。あなたはそれを強制してはいけない。誰かの人生は、誰かの人生のものなのだから。